催眠療法カウンセリングサロン~ふわり~毒母デトックス-札幌

毒母・自分で決められない・恐怖症・人間不信・うつなど、対人関係や恋愛関係の悩みやトラブルのほとんどが母親との関係が原因になっていることを知っていますか?

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「6月26日かみさまとのやくそく」かがみ先生からのメッセージ

「6月26日かみさまとのやくそく」かがみ先生からのメッセージ


映画「かみさまとのやくそく」に登場されている

かがみ先生から、6/26の上映会へメッセージをいただきましたので

紹介します。(※かがみ先生から転載許可をいただいています)

 

<<<6月26日の上映会に参加したいという方、当日券もあります>>>

<<< 札幌エルプラザホール● 朝:上映10時30分~ 夜:上映18時30分~ >>>

★★当日お手伝いいただける方も募集しています★★

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はじめまして、かがみ知加子でございます。

 

映画の中に出てきます、幼児教室ほくと代表を務めさせて頂いております。

 

この度、「かみさまとのやくそく」上映下さりありがとうございます。

 

私は20年以上、多くの子ども達と関わる中で、

 

子ども達は明確なメッセージを持って親を選んで生まれて来てることを確信しております。

 

今回、映画上映というかたちで、子ども達が大人に伝えようとしているメッセージが

 

多く方々に伝わることは感無量でございます。

 

お腹の赤ちゃんは自分が成長して行くのに必要とする、メッセージ、

例えば(ことばや色や場所や音楽など)を事前にお母さんに知らせて来てくれます。

 

赤ちゃんからのこのメッセージを受け取り、書き留めておくことで、

出産後の子育ての大きなヒントとなっていくのです。

 

ママが自分を育てるのに困らないよう、いわば“お腹の赤ちゃんの育て方、

取扱い説明書“なるものをちゃんとママに教えてから生まれるのです。

 

地球という星で親子としての絆を結び、互いの魂が今世何の為に生まれて来たのか、

 

その役割を100%遂行できるよう、互いに学び活かし合う、

 

そのための「初めまして、これから数十年宜しくお願いいたします。」

の互いのご挨拶と情報交換の場が胎教といえます。

 

・何のための勉強なのか  ・何のための学校なのか

・何のための友達なのか  ・何のための仕事なのか

 

親が大きな志に立ち、そこから世の中に自分が何を貢献したいのか、

自分の魂が求めている声を認識させることが教育だと考えています。

 

1.自分が無償愛の存在であることを知ること

2.自分に責任をとるということ

3.皆がつながっているということ

4.善悪からでなく、大きな広い視野から本質を掴むということ

5.そのままで100点満点の存在であるということ
この5つが子ども達からのメッセージです。
私でお力になれる事ございましたら、何でもおっしゃって下さい。
ありがとうございます。

かがみ知加子

 

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追加メッセージ

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5つのメッセージの中で責任をとることをもう少し詳しくしたものを添付いたしますね

 

責任とる  とは

自分がしたい事、出来る事を決めればいいんだよ

僕はママを選んで生まれて来たの

それは、僕の責任において・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここでダウン症のお子さんの例を上げて説明いたします。
子どもは生まれてくる前に、キラキラと光る特別な袋があるといいます
その袋を選ぶのはとても勇気のいる事だそうです
その袋を選んだ子は、一般とは少し違う条件の人生を選択します。
それが、障害や虐体のような環境です。
今、羊水検査があります。
羊水検査の結果、赤ちゃんがダウン症と診断されて親が早破する選択をするも、
生む選択をするも、赤ちゃんはそのことに、善悪を付けることなく
どんな選択があろうとも、その選択を含め全てを受け入れる覚悟を持って、親を選びます。
この親を選んだその責任を自分が決めたこととして受け取ります。
善悪の判断ではないのです。
責任とるとは、今起こっていることは、全て自分の責任である。
嬉しいことも、悲しいことも。
なぜならば、私たちは全て繋がっているから。
親を恨んだり、ねたんだりはしません。
子どもは、自分の命を使い、親の魂が思い出すことを願っているのです。
子どもの在り方を通して、無償の愛を思い出し、そして自分が何者かを思い出す。
赤ちゃんと親は、その同志であることを示しています。
忘れてはいけないことは、私たち全ての存在は、数十年前子どもであったという事。
私たちは全て知っているのです。

 

 

 

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